花様的年華

阿里芳都 九十九遊馬×W

 例えば、足元に小石があったとしよう。跨いで通るのか、踏みつけて通るのか、避けて通るのかは個人の自由だ。気にせずに通りすぎてしまうことも多いだろう。
 しかし、そうやって通りすぎようとした小石が自分を助けてくれたならどうだろうか。それは小石ではなく、輝くダイヤモンドだ。毒を含んだ狂おしい輝きは何にも代えられないものだった。同じように魅了された人間が他に何人もいるのが頷けるほどの輝きである。
 だが、彼には未来があった、世界があった、全てがあった。そこにWが入り込む隙間などなかった。彼は満たされていた、完全だった。瑕疵があったとしてもそれすら光を反射し更に輝きを増すだけのものに過ぎない。光は咲き乱れる花のように七色に分かれ、その残光だけがWの前へやっと届く。
 暗い暗い海の中で、ソファにもたれかかった。
 ここには今、ハートランドシティ各所にある監視カメラの映像が中継されている。映るのは主になんの関係もない一般人だ。恋人同士に親子連れ、学生同士の集団もいる。Wには与えられなかった現実を生きる彼らを見ても、今は昔ほど気にならない。他人を自身すら否定するほどに憎んでいた過去はあの少年によって乾いてしまった。もはやその時の情熱すら思い出せない。乾いたのが良かったかどうかはまだわからない。
 とはいえ、安らいで眠ることができるようになったのはいいことなのだろう。深い眠りはあまりに久しぶりで、しばらく慣れなかったくらいだ。まるで普通の少年になったようで落ち着かない部分もある。

3年目の歪んだ恋

さなか様 神代凌牙×W

「……W?」
 ふっと背後から聞こえた声。
 その声はあまりに聞き覚えがあり、まさかという想いがWの胸に去来する。がばっと振り返れば――そこにいたのは、Wの頭に過ぎった通りの人物だった。
「…凌牙……」
「よう、久しぶりだな」
 多少身長が伸びていて大人びた表情になっているが、青い長髪と瑠璃色の瞳は変わっていなかった。いや、容姿はほとんどといっていいほど変わっていないのに、何故かその時のWには彼――神代凌牙が別人のように見えた。
(……ああ、それはきっと…)
「久しぶりに会ったんだしよ、その辺で茶でも飲まねぇか?」
 ニッと笑って凌牙がそんなことを言ってきて、Wの中に浮かんだ想いが更に強くなる。
 自分の知っている凌牙はこんな表情でこんなことは言わない。
 そう思いながらも、Wは首を縦に頷いていた。

逃げられない愛!

陵羅様 九十九遊馬×W

 ゆっくりと一文字、一文字思いを込めて紡げば、遊馬は太陽のような笑みをWに向けた。なんて愛らしいのだろうか! Wと同じく白の衣装から覗く手首はすらりとして食めば柔らかく程よい弾力を返してくれるに違いない。手の甲にキスをしたい衝動に駆られたが本能をとどめて、遊馬が側に腰掛けるのをじっと待つ。
「今日、何してた?」
 遊馬との密事はいつも何気ない会話から始まった。仕事が忙しいと言えば、人気ものだなと褒め湛え、兄と喧嘩をしたと呟けば一緒に同意してくれる。
「遊馬は?」
 話を振っても遊馬は答えることはない。当然だ。これはWの夢の中なのだから。白い部屋に来る遊馬にはそれ以上もそれ以下もない。箱の中の恋人のことは知っていても、現実の知人程度の人間の行動なんて把握しているはずがないのだ。
 Wはそれを理解していて遊馬に問いかける。これは現実ではなく妄想の世界なのだ。しかし眠りにつく前に読みふけった詩が一般的に穢れているとされる対象物に愛慕の感情を向けたように、この遊馬はWが作り出したものだとしても、彼自身にとっては紛うことなき憧れと恋慕の体現だ。贋作であっても、美しい。醜く歪んでいても、捨てることなどできはしない。

ミシツノコイ

緋河あすか様 X×W

「……どうして、こんなに簡単な指示すら聞こうとしない」
 引かれかけた手首を掴んで留めると、Vよりひと回り小さな肩がぴくっと跳ねた。
「私の判断に疑問があるのなら、そう――」
「っ……、っせーよ」
 うつむき震える唇から一言こぼれる。
「……うせ、最後は……りやり、……せるくせ、に」
 不安定に声量が変わる独り言に、Vが声を掛けようとしたその瞬間、Wはがばっと顔を上げた。
「そうなんだろッ! いつもいつもいつも、最後には無理矢理従わせるんだテメェは!」
 ぎらぎらと異様な光を放つ紅い双眸に、Vが一瞬気圧される。
「何も知らねぇVみたいに! 俺が何言ったって、どうせっ、良いように使うクセにっ!」
 茜と金に染められた髪を振り乱し、剥き出しにした感情のままに支離滅裂な言葉をまくしたてるW。その目は、目の前のVを見ていなかった。激昂と恐怖で濁った紅い目は、Wにしか見えない相手を映している。
「やればいいじゃねえか、いつもみたいに! やれよ、V――!」
「Wッ!」
 逃れようと暴れるWを力尽くで引き寄せた瞬間、Vは己の迂闊さを呪った。
 しかし遅かった。
 鼻先が触れ合う程の至近距離、真紅の瞳孔がきゅうっと縮む。
 そして次の瞬間には、腕の中に弟の身体が収まっているのだった。

side-IV

ピクセル様 神代凌牙×W